15

(真鶴/2018)

 

<写真の持つ役割(4)>

 

写真の登場・写真の持つ絵画への作用性

 

前回(08)からだいぶ間が空いてしまったが、写真の登場が生み出した、写真と絵画の相互作用性について書いていく。

また絵画に関しては写真の普及とタイミングがもっとも重なる「写実主義」と「印象派」の作品を中心に述べる。

 

写真が登場し、広まる19世紀中頃〜、フランスでは絵画に新しい表現が生まれていた。

一つ目は写実主義。これはそれまで存在していた「ロマン主義」と呼ばれる劇的な場面を感情的に描いた作風、そして古典的な格式を重んじる

サロンに反発し、日常を客観的に、ありのままに描こうとした「写実主義」という動きから起こったものである。

 

 

 

(上:ジャン=フランソワ・ミレー「 落ち穂拾い1857 / 下:クロード・モネ「印象、日の出」1872

 

 

もうひとつは「印象派」である。これは日本でも人気があり、展示なども大体的に行われているが、

これは上記の前時代的なものへの反発から生まれた「写実主義」と、同時に生まれた「バルビゾン派」と呼ばれる自然回帰主義

からそのままつながっていく作風である。「印象派」の作品の特徴は、「モチーフの具体性」よりもそれらを取り囲む「光と空気」、

画家が感じた「印象」に主題をおいた作品である。

 

大まかな説明を書いたが、これら二つの作風はもちろん当時のフランスの社会情勢・絵画界の状況によって生まれた部分が大きいが、

しかし「写真」の普及によるところも少なからずあると思われる。

 

写真は目の前の光景を見たとおりに写す、他にはない「記録性」をもっている。

写真が登場したことにより、絵画でモチーフの精緻な描写を行う理由は少なくなり、「絵画にしかできないこと」に当時の画家は自覚的に

なっていったと想像できる。当時の画家たちが置かれた状況と合わせて「写真」の存在が作風に作用し、新しい主義、一派が生まれたのだと

思う。

 

ところで、絵画には「タッチ」という「筆跡」があり、これにより絵にあいまいさのような、細部まで見せすぎない部分を作ることができ、

その空白のようなすき間のような部分に詩性・叙情性などの印象表現を入れ込むことができた。

しかし写真というのは機械・用具への依存度が高く、シャッターを押すだけで現実がそのまま写されてしまい、そこに絵画同様に個性を入れようとするのは難しい。

 

そこで写真家たちはどのように写真を「記録」から「芸術表現」へと昇華させようとしたのか。

長くなるので以降はまた次回に。

 

 

*参考文献:「木をめぐる物語」クリストフ・デュヴィヴィエ監修(アートインプレッション)、他